でかいトロピウス

役割論理の話をします

「製鉄神としてのヒードラン信仰」〜『シンオウ神話論考集』より〜

 

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以下の文は「第8回カントー鉄鋼工学協会シンポジウム」(19××/8/18) にて行われた講演より抜粋したものである。

 

発言者 ████コトブキ大学文学部助教

※は編者注

 

 この度はどうも、お招きいただきありがとうございます。私は本分は民俗学とか、文化人類学とか、そういうところにありまして、そのうえシンオウが研究の中心ですので、いまいち畑違いなところがあるのですが、まあなんとか話していこうと思います。

 先ほど██先生がお話くださったように、古代シンオウにおける製鉄というものは同時代のジョウトカントーと比べるとかなり不活発ではありながらも製鉄炉の痕跡が見られるのでして、特にシンオウ西部、現在のクロガネシティのあたりは、古代にまで遡る竪形炉の遺構がいくつか集中して見つかっており、製鉄の拠点となっていたことがわかります。

 ここで面白いのは、先ほど███さんと██先生が指摘しておられたように、同時代のジョウトでは竪形炉、箱形炉が共に、カントーでは箱形炉がより多く、竪形炉よりも早く見られるのですが、一般には箱形炉の方がより進んだ形態であるとされているのですね。ヒウン大学の████先生の論文(※ Balder 196×)には、ジョウトで先に製鉄炉が発展した結果、カントーでは進んだ技術が移入され、最初から箱形炉を選択することができたと指摘しておられるのですが、これについてシンオウを見るに、製鉄炉が独自で発展したとも思えませんから、ジョウト地方からカントーよりも古い時代に製鉄技術が導入された可能性があり、これは古代シンオウ人の出自についてあるいは重要な示唆を含んでいるのではないかと私は思っております。

 また、シンオウにはタタラ製鉄所という大きな製鉄所がありますが、その名からわかる通り、シンオウでは中世以降砂鉄によるタタラ製鉄が広く営まれたのであり、砂鉄に依存した製鉄というのは古代でも変わるところはなく、テンガン山から流れる河川から砂鉄を中心に製鉄がなされていたことが残存する鉄滓からも証明されております。(※現在のタタラ製鉄所自体はテンガン山から採掘した鉄鉱石を用いて操業している)

 どうも横道に逸れました。話をヒードランに向けていきたいと思います。まずここにはシンオウ外の方が多くおられますので、ちょっと説明させていただきますと、ヒードランというのはシンオウの、現在では北東部に生息するほのお・はがねタイプのポケモンでして、非常に高温のマグマをまとっていて身体を構成する鋼すら溶かしてしまっているという大変面白い生態をもっているのです。

 しかし、このヒードランシンオウの地方伝承や、アルセウス神話の断片から、どうもなんらかの信仰の対象として祭祀される存在だったことが窺えるのですが、これについて踏み込んだ研究というのがこれまでなされてこなかったんですね。なにしろ現在では信仰がほとんど廃れていて、今もってこのヒードラン信仰というのがどういう形態で、どういう意味で行われたのかについてほとんどわかってないわけです。このヒードランの由来については、火山信仰であるとか、太陽信仰であるとか、いろいろ説があるわけですけれども、私はその内で製鉄において信仰された神であったという立場に賛成したいわけです。

 しかしこの説に対しては従来いくつか反論がありまして、主なものとしては、まずタタラ製鉄所やクロガネシティの位置からもわかるように、シンオウの鉱業というのは従来シンオウ西部に位置しており、北東部のヒードラン信仰とは位置が噛み合わない点や、またヒードランを製鉄神と見るに積極的な理由がないという点ですね。ほのお・はがねタイプである以外、製鉄との直接的な関連性があまり認められず、それだけではあまりにも単純すぎると、そういうわけです。

 これについて私見ながら反論を加えていきたいというのが今回の主な趣旨なわけですが、まず地理の点から申しますと、確かに現存しているシンオウ誕生の際に溢れた火の玉がハードマウンテンとヒードランになった云々の伝承、さらに祭祀の痕跡はシンオウ北東部のハードマウンテンにヒードラン信仰の中心があったことを指し示しているのですが、およそ150年程前、つまりシンオウ地方がヒスイと呼ばれていた頃に書かれた『古翡翠考』(※ seki 18××)に採集された伝承では、ヒードランはテンガン山の溶岩から生まれたものであると伝えられているわけです。ヒードラン信仰がアルセウス信仰から受けた圧迫のことを考えますと、ヒードランは元はテンガン山周辺に信仰の本貫があったものが、辺境に追いやられたものと考えることができてくるわけです。先述の通り、シンオウ古代製鉄はほとんど砂鉄に依存していたので、テンガン山周辺はまさにシンオウ古代製鉄の本場であったと言え、地理的問題についてはこれで解決を見ます。また、そもそも製鉄というものは燃料や砂鉄を採集する際に周辺の森林資源を食い潰しながら移動して営まれるものですから、信仰の地というのは実際上大きな問題とはならないのではないかとも思われます。

 なお、アルセウス信仰とヒードラン信仰の関係性については、手前味噌で大変恐縮なのですが、先年少し文章にしたことがありまして、お時間のある方はご笑覧くださると嬉しく思います。(※ https://trinidadotobag0.hatenablog.com/entry/2021/06/10/231719 )

 さて、話を戻しまして、続いてヒードラン信仰に製鉄の性質を見る積極的理由について考えていきたいと思います。

 まず、やはりそのありよう自体が製鉄を象徴していると言ってよい。高温ゆえに自身の身体すら溶鉄しているというのは、単純に製鉄と結び付けられ得るでしょう。どういう化学反応によって製鉄がなされているのかが判明している現代ではともかく、古代製鉄では製鉄というのはほとんど技術者の経験や勘に頼ったものであって、その成功を確信することは到底できなかったと思いますね。

 続いて申しますと、ヒードラン信仰というのは洞穴というものに結びつきが強く、伝承もそのようなものが多いのですが、古来より砂鉄を含む山のことを鉄穴山、砂鉄採集のことを鉄穴流しと呼ぶわけですが、この鉄穴とヒードラン信仰における洞穴の関連性もまた見落とし難いものがあると思われます。

 そして、一等大きな根拠として、一歩踏み込みまして、象徴としての意味だけでなく、実際にヒードラン自身がシンオウ古代製鉄のプロセスに組み込まれていた可能性というのを指摘させていただきたい。といいますのも、みなさんご存知の通り、鉄の融点1500℃というのは古代の技術力ではほとんど実現のしえないところでありまして、しかしながら、実際には600℃〜程度の低温でもFeOを還元すること自体は可能であり、これを利用することで製鉄がなされてきたわけであります。 

 しかしながら、このようにして得られた鉄というのには炭素を多く含む銑鉄であって、ここから鋼を得るためには炭素含有量を減らすために再度加熱して脱炭を行う必要があり、炭素量が減ると融点が上がっていくため、結局のところ得られる鋼には限界があるという話でした。この点につき、カントージョウトにおいてはブースターやマグカルゴなどほのおポケモンを利用した製鉄が試みられ、成功してきたというのは有名な話です。

 しかし、シンオウ地方については元来野生に生息するほのおポケモンというのが著しく多様性を欠いており、一般に利用できそうなほど多数生息しているものはギャロップポニータくらいのものですが、これらは草原に生息しているため、テンガン山など山岳を中心とする製鉄業とは相容れないものがあり、またその家畜化に成功していたという痕跡は見つかっておりません。またそもそも彼らの出す炎は製鉄に用いることができるほどの高温には達さないと一般的には言われております。よってシンオウ古代製鉄はポケモンの助けを借りることが困難な状況にあったと考えられるわけです。

 また、シンオウ古代製鉄は不純物を多く含んだ砂鉄による製鉄であり、また竪形炉というのは比較的高音になるものの品質にムラがあり、また炉壁が剥がれて不純物が非常に増えるという欠点がありますから、シンオウ古代製鉄はさまざまな面でハンディキャップを抱えていたものと言えます。

 これらのことを考え合わせるに、ヒードランというのは古代シンオウ人が製鉄に利用できたほとんど唯一のポケモンではなかろうかと考えるわけです。また、ヒードランの先述の通り身体は鋼鉄でできているわけですが、自身の温度によって融解しており、歩いた後にはそれらが塊となって落ちていることがあります。これが拾われることによって、ヒードランは製鉄に必要な高温度を提供し得るだけでなく、直接古代シンオウ人に鋼をもたらしていたと考えられ、ヒードランというポケモンの希少さ、強大さを考えれば、これが信仰の対象となることは何ら不思議ではないものと考えられるのです。

 さらに、私はヒードラン信仰に見られるかざんのおきいしという概念に目をつけました。ヒードラン祭祀においてはこのかざんのおきいしが封印石として用いられており、これを祭祀場となっている洞穴に置くことで、ヒードランが出現するという伝承が残されているのですが、置き石ヒードランを封印しているならば、それを外すと現れるというのならばともかく、反対に置くとヒードランが現れるというのは少々奇異に思えます。しかし、これはかざんのおきいしを封印石ではなく、ヒードランに対する供物と理解することができるのではないか、そう私は発想したわけです。つまり、かざんのおきいしというものはヒードランに捧げる鉄鉱石、砂鉄、あるいは褐鉄鉱(※ シンオウの湖においては、水生植物の根本に鉄分を多く含んだ泥が団塊状に形成される現象が知られており、これを指すものと思われる)を象徴するものであって、ヒードランにこれらを与え、その見返りとして鋼を受け取るという関係を構成しているというわけです。こう考えることにより、ヒードランと製鉄、そしてかざんのおきいし等の祭祀について自然に解釈できようと思います。

 さて、これまで述べてきたような点を総合すると、やはりヒードランというのは、元はテンガン山を中心に営まれた製鉄の神として信仰された存在であって、時として直接製鉄に関わることすらあったものだと、私としては結論したいところです。

 特にかざんのおきいしというのは、その実物であるというものがハードマウンテンに現存しておりますので、私の仮説を立証するために、本当は詳しく科学的にも調査したいところなのですが、地元住民の方の反対等もあり、未だに実現できておりません。この点については、将来の進展を待ちたいものとさせていただきます。(※なお2×××年現在も未調査である)

 そろそろ時間のようですので、ここら辺で私の話の方は終わらせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。